I love myself. 自分を愛す。

自分を愛せて初めて人も愛せると聞き、でも自分を好きになる、愛すとはどういうことなのか?全く分からなかった私が本当の意味で自分を大切にしていこうと決め、その過程で思ったこと、気づいたことを書いていくブログです。

「自分を愛せて初めて人も愛せる」の意味が腑に落ちた話。

この世で一番罪なのは親だと思っていた

自分と元夫と自分の親がそうだから思ったんだろうけど。

両親に対しては今はもう思ってないし

もちろん素晴らしい親もいるんだと思う。


親の感情で子供を傷つけてしまうこともあるし

離婚したことで傷つけてしまうこともあるし

無意識に傷つけてしまうこともある。
(子供の受け取り方にもよるけど)


だから、なのか、

子供を愛してるからなのか、

はたまた人として親として「ちゃんとするべき」と言う気持ちが無意識に働いてたからなのか、

理想の親になりたいと思ってきた。

立派な親になりたいと思ってた。

出来た親になりたいと思った。


なれなかった!


理想の親になりたいと強く思うほど

そうでない言動をしたときに自分を責めて

なんで?!と自分に詰め寄った。

よかれと思って求められてもいない余計なこともした。

すごく喜ばれたこともあるけど(と自分を慰めてみる)。


こうなりたい!は、こうなれない。

だからもう、

立派な親になるのは諦める。

出来た人間である親になるのは諦める。

理想の親になるのは・・・

諦めたくない・・・

だってやっぱり子供が大切だから。

ダメダメな母親だとわかってるけど・・・

子供から愛されていたい。

え・・・

子供からの愛を求めるなんて・・・

無償の愛のはずなのにとんでもない・・・

衝撃すぎる・・・

恥ずかしすぎる・・・


私が理想の親になりたかったのは子供の愛がほしかったから??

とんでもないけど、冷静に考えてみよう・・・


欠乏感からの愛は欠乏感がつきまとうし

欠乏して終わる。

だから寂しさを埋めるために恋人を作ると上手くいかない。

一見愛のように見える、愛で包んでる寂しさも同じく。


元彼と失恋したときに学んだけど、

まさかそれが親子関係でも起こっていたとは・・・


よくよく思い起こすと、

色々あったからそれもしょうがないことかもしれないとも思う。


でもそれが子供に影響するとなるとしょうがないで済ましたくない。

ポコッと穴の開いた欠乏してる部分を埋めるために、

子供の何かを奪ってたなんて・・・

何かってきっと感情だ・・・

うー、こわい・・・



えっと、えっと、

なんで欠乏感があるかというと

まだまだ自分を愛せてないからだ

うわあ、振りだしに戻った感じ・・・


プラス、最初の方読み返して気づいたけど、

だから、なのか、っていうところ、

だからその「罪悪感」からなのか、だ・・・

罪悪感、もう殆どなくなったかと思ってたけど

しっかり隠れてた。

うそお・・・


ていうか待って。

人が嬉しい時って、

分かってもらえた時

信頼関係を感じた時

まるごと受け入れてもらえてると感じた時

大切にしてもらえてると感じた時などで、

つまりそういうときってホッとする。

安心する。

これはどんな人間関係にも当てはまるはず。


だから、あれこれ自分が条件つけた理想の親でなくても

子供にとって、安心できる存在であればいいんだ・・・

きっと。


しかし

恥ずかしいかな、今はそういう人ではない。

親として・・・


だからこれからは、安心できる存在になれるようにしよう・・・

これはまず、自分が自分に安心できる存在になるのが先だから

(そうでないと人に出来ないから)

とりあえず、

私は自分にとって安心できる存在になる。

と、決めた。

そして口に出して言った。


これ結局、まんま自分を受け入れるってことだよね。

自分を愛することの定義ともいう。

これが私。

これがわたし。

改めて、

この6文字が自分を愛する全てな気がする。


そしてこれが出来たら、

これが(自分の)子供。

これがパートナー。

これがこの人(職場の人とか)。

となるんじゃないかしら?

良い悪いじゃなく。


これこそ、

自分を愛せて初めて人も愛せるの全容だ☆


そのために、

これが私をもっともっと実感するために、

今までよりもっともっと細かく、

自分の感情に共感していくようにしなければ☆

自分のふとした感情に注目していかなければ☆

今まで以上に本気出して。





今日も最後まで読んで下さってありがとうございます(*^^*)

読んで下さる方がいて、とっても嬉しいです☆



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