I love myself. 自分を愛す。

自分を愛せて初めて人も愛せると聞き、でも自分を好きになる、愛すとはどういうことなのか?全く分からなかった私が本当の意味で自分を大切にしていこうと決め、その過程で思ったこと、気づいたことを書いていくブログです。

感謝で起こったミラクル三連発

「ミラクル1」

会社に不満があった

感謝してる部分が大いにありつつも不満も大いにあった

いつか私が報われる時は来るのだろうかと思っていた


彼にその話を聞いてもらったときに、

彼の言葉で、

実は私は既に報われてたことに気づいた

求めていたものとは違う形で、

既に報われていたことがわかった

私の中で、それはとても大きな気づきで、涙が流れた


すると、長年手放したかった、会社への不満はきれいに消えた

前までこのことで繰り返し感じた、

手放したい!(>_<)の後の 手放せた!良かった!\(≧▽≦)/

という感情じゃなく、

これで楽になれる!でもなく、

ただ消えた

で、静かなる感謝だけが残った


すると!

その翌日、会社でもあっさりと変化が起こった

前まではなんだったの??と拍子抜けするぐらいに。


きっかけとなる言葉をくれた彼にとても感謝した



「ミラクル2」

その数日後、彼とけんかした

今思うと、小さい頃から私の中にあった、

寂しさと不安と恐れと不満と悲しみと怒りと

甘えたい気持ち、分かってもらいたい気持ち・・・

いろんな感情を全部彼にぶつけてしまった感じだった・・・


初めての大きな喧嘩

仲直り出来なかったらどうしよう・・・

落ち込み、不安に襲われた

それをそのまま感じ、

それを感じている自分を見つめた


そうしていたら、彼へのありがとうがあふれてきた

いつも大切にしてくれてありがとう

いつも優しくしてくれてありがとう

いつも一緒にいてくれてありがとう

・・・たくさんたくさんありがとうが出てきた


彼にいろいろ、とても感謝してたつもりだったけど、

実は感謝がなかったと気づいた

心の底から感謝があふれてきた

胸の中がありがとうでいっぱいになって、

涙もあふれて止まらなくなった


そしたら今度は、あまりの申し訳なさに、

ごめんなさいがあふれてきた

そして、許してがあふれてきた


あふれるままに感じた


これからも彼と一緒にいたい

強くそう思った


ホ・オポノポノを知った時は口先でしか言えなかった、

ありがとう、ごめんなさい、許して、(愛しています)

が体から湧き上がってきた


それらを彼に対して強く感じていると、

これは、長年、自分で自分を無視していためつけてきた、

自分に対しての感情でもあるんだなと感じた



その数時間後、

彼と仲直りできた!!!

ごめんなさいとありがとうがまたあふれてきた


今まで味わったことのない安心感で包まれた



「ミラクル3」

親兄弟が好きじゃなかった

感謝はしてたけど恨みつらみがあって長い間しこりがあった


彼と仲直りするまでに感じたありがとう

直接、親兄弟に感じたわけじゃなかったけど、

心の底からありがとうを感じたら、

気づいたら、親兄弟への恨みつらみもしこりも消えていた

だからって親兄弟に対して、大好きー!という気持ちになったわけではなく、

いらないものが、静かに、ただ消えた



心底、身体で感謝を感じると、不満は消える

ことを体験しました

そしていろんなミラクルが☆☆☆


感謝=愛 だと聞いたことがあります

もっと自分の中に感謝を増やして、愛を増やして、

それが大切な人達に伝わっていったらいいな

それがどんどん広がって、

世界が平和になったらいいな



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自愛と自己受容

自愛と自己受容の違いって何だろうか?

自愛とは自分を愛すること

自分を大切に思い、大切にすること

何をかっていうと、気持ちと身体を。そして魂を。


自己受容というのは、

どんな自分も責めず否定せずそのまま受け入れること

どうすれば自己受容できるようになるのか?

それは、

自分の中の、否定したり責めたりするものを、ひとつずつ受け入れていくことだ


例えば、どうしてあの行動をとったんだろう・・・

と思うことがあった時、

それが自分勝手なものでないのであれば、

その行動は自分の身体と心、

もしくはどちらかを大切にしたからこそのものだったりする

その自分を責めたらまた自愛から遠ざかる


だからといって、次そういう時また同じ行動をとればいいって話じゃなくて、

その行動をとってしまったこと自体は過去であって

言葉通り過ぎ去ったこと

そのことは変えられない

だから、

そこにフォーカスするんじゃなくて、

あの時行動したのは自分の身体を、心を大切にしたから。

大切に出来たから。

そこにフォーカスしよう


わたしは自分の身体と心を大切に出来た。

自愛を実践できた・・・

良かった・・・

こうやって自分責めをひとつずつ自愛に変えていく

変えていくというか、

自己否定でなく自愛を実感していく感じ


母親がわたしのことを愛してるとする

大切に思い、母親なりに大切にしてくれてるとする。

でも、何かにつけて私のあれこれを否定して、責めてくる、

全てをコントロールしようとしてくる

実際そうだったんだけど、それって私のことを受け入れてくれていないということ

愛してくれてたんだとは思うけど、条件付きの愛

愛と言いながら、私は母親からの愛を感じることは出来ない

実際、感謝こそすれ、母から(父からも)愛を感じることはできなかった

そして私の気持ちに寄り添ってくれたことがないし、

気持ちをわかろうとしてくれたことがなかった


そう、受容こそが本当の愛

どんな私でもそれを自分が受け容れていくのが自愛

いつも無意識に自分を責めている自分では、

自分の愛を感じられない

そしてそうすると人からの愛も感じられない


自分の気持ちを大切にして、自分の愛を感じたいなら、

自分の全てを受容すること

そのために、自分責め(罪悪感)が実は自分への愛だったり、

大切な人達への愛であることに気づいていくことが大切。

ひとつずつ丁寧に気づいていくことが大切。

それを繰り返す。


ひとつずつでも確実に変化していく

そして、周りに振り回されない自分になっていく

自分軸で生きられるようになっていく


自分軸で生きられるようになると、

大切な人達のことも真に受容できる。

真に愛すことが出来るようになる


人にどう思われるかがついつい気になってしまう人へ

あんなこと言って人から悪く思われただろうな、とか

こういうこと言うと悪く思われるだろうな、と思うことって、

実は自分が、

自分のそういうところダメだよ!って思ってるところ。


だから

悪く思われただろうな、とか

あんなこと言わなければよかった(悪く思われただろうからという理由で)

と思ったら、

人目を気にしてたこと、

自分が、そんな自分はダメだ!と

責めてたことにまずは気づいてあげる。


そして自分に、大丈夫だよ、と言ってあげる

自分をよしよししてあげる


もちろん人を傷つけるようなことは言ってはいけないけど、

それと同じように、

自分を傷つけることも言わないほうがいい


わかっていても

自分を責める癖があると無意識のうちにやってしまうし、
癖がしみついてしまっていて難しいから、

気づくだけでいい


あ、これ、私自身がダメな自分と思ってたやつなんだ

それに気づくだけでいい

気づくと意識化される

それを繰り返すと、無意識に自分を責める癖が消えていく



「しょうがない」という言葉のパワー

自己肯定が大切、どんな自分でも受け入れることが大切、と聞いて、

そうなれるように頑張っても、一足飛びに出来るようになるわけじゃない

たしかに生きていくうえで、自己受容(自分をこのまんま受け容れること)が

とても大切であることはわかる

身に染みてわかる

が、性格によってはと言うか、性質によっては、これがなかなか難しい

意識しても実践しても、

あとからあとから出てくる無意識の自己否定に気付いていく

いや、意識すればするほど、実践すればするほど、

そして自分の心の中の会話を聞けば聞くほど、

自分の中にまだまだ自己否定があることに気付く


頭ではわかっていても

心が、意識が、同じスピードではついてこない


でも性格なんだから、というよりは性質なんだから、

自己受容がしっかりと出来ないのはしょうがないことだ


しょうがないという言葉には「諦め」の意味がある

が、同時に、その状況を「受け入れる」という意味もある


自己受容がなかなか出来なくて、

自己否定がまだまだ残っている、

でも自分はそういう性質なんだからしょうがないじゃないか

開き直りのようにも聞こえるけど、

「これが自分なんだからしょうがない」

そう思うと気持ちが軽くなる

結果的にそういう自分を受け容れてることになるからだ

この自分を自分以外のものに変えようとしてないからだ


それに、「諦める」は、ネガティブな響きがあるように聞こえるが、

諦めることで気持ちを切り替えることが出来る

「しょうがない」

今までほとんど使わなかったけど、そう考えると素敵な言葉だ


自分以外の人に対しても同じだ

まず、誰かにどうこう思っても、

人を変えることは出来ないからしょうがない

そして

自分に性質があるように人にも性質があるんだからしょうがない

どうしようもないことをなんとかしようとするからしんどくなる

出来ないことは出来ない

そう思うと、人に対してどうこうしようと思わなくなる

(全然わかってくれないあの人にわかってもらおうとしたり、

非常識すぎるあの子に対してなんでそうなの?!と自分がしんどくなったり。)

結果、その人のことも受け入れることとなる。

良い悪いじゃなく、ただ、あの人はそうなんだ。と思えるようになる


その上で、付き合いたくない人とは付き合わなくていいし、

仕事関係や親族など、そう出来ない関係性なら、心の中で割り切ればいい

(出来るかな?(笑)

出来なければそれもしょうがない)

そして、本当に分かり合いたい人にはちゃんと気持ちを伝える

そうでない人に対しても(不必要な)我慢はしなくていい

勇気を出して話してみると状況が変わる場合もある

(変わらない場合もある。

でも言わずに変わらないより自分が納得できる。

もちろん無理して話す必要はないし、

話すとき状況をよく見ることは大切)


そして、

やれる時には心の中の会話を

肯定的なものにしていくように心がける。

無理をせず。

だって、体調とかいろいろあるからね~


こんな風にいろいろ自分のことを考えるのは、

気持ちを楽にしてあげようとするのは、

自分が自分のことを大切に思ってるからこそ。

まだまだ自己否定があったとしてもだ。


ありがとう、自分。

これからもずっとずっとよろしく✨


不完全だけど、完璧な人間なんていない

だから

不完全でもしょうがない

まず自分に敬意を持つ

自信を持つというのは

自分を信じているということで

自分を持っているということで

それはとても大切なことだけど、

長い間、自分に自信が持てずに生きてきた場合、

自分をまっすぐに信じるということは

簡単に出来ることじゃない

悲しいけど。


だから

すぐに自分を信じるようになれなくても

自分というものを持てなくても

それはちょっとずつでいいんです。


その代わり、

自分に誇りを持ってみませんか?


今まで一生懸命生きてきた

それだけで十分誇りです。


何かから逃げたことがあったとしても

今生きている

それだけで十分誇りです。


自分の人生に誇りを持っています。

鏡を見てそう言ってあげましょう

他人から見てどうだとか

そんなの関係ありません。


まっすぐ鏡の中の自分を見て

自分に誇りを持っています。

そう言ってみてください。


現状に満足できないことがあっても

不満だらけだとしても

それでも今生きている

その自分に誇りを持ってあげましょう


それは、今生きている自分への敬意です。


そして

自分に敬意が持てたら、

自信は自然についてきます。



あ、

人生って人が生きるって書くんだ




豊かさの象徴

空を見上げた

大好きな空

広く大きな青い空を見上げた


もっともっとお金が欲しいと思っていた

お金が降ってこないかしらと思っていた

もちろんお金は、今ももっともっと欲しい笑


でも

大きな白い雲を携えて、

それでもまだどこまでも続くこの広く大きな空


私にはこの空がある


私は何て豊かなんだろう


私たちは何て豊かなんだろう




最終話 すごく面白いことに気づいてしまった ~本質の自分を見つける方法~

i-love-myself.hatenablog.com


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これの続きです。


やっとのことで失恋から立ち直った私の耳に、

元彼が再婚した元奥さんが会社に入ってくるという

噂が飛び込んできました。

そう、私たちの会社に。


え?????


どういうこと???


またもパニック



どういうこともこういうことも、

彼が奥さんを会社に売り込んだのでした・・・

しかもこれまた彼から直接聞いた

笑顔で言ってました・・・



びっくらこん・・・・・

思考停止・・・

ある意味 目指してた思考停止だけど、

こんな形では望んでなかった(苦笑)


かくして奥さんが私たちの会社に入ってきたんですが。

この時思いました

真実は小説よりも奇なり。って。

真実というかこの場合、現実は・・・ですが。


その後のことはともかくとして、

その二人を見てて

(というか勝手に目や耳に入ってきた。今もだけど)

感じたモヤモヤやザワザワから

さらに自分自身を見つめ続けた2週間後、

現在の彼と出会い、そして今に至るのです。

バンザーイ\(^o^)/

これについてはまた書こうと思いますが、

タイトルの「すごく面白いことに気づいてしまった」の

「面白いことに気づいた話」がこれからです。

やっと(笑)


私たちの会社では年に一度 親睦会があり、

現地集合現地解散なんですが、

社宅組は昔から皆で一緒に行く(帰りも)という習わし?があるんです。

しかも車で。

まあ今まで常に飲まない人が一定数いたので

成り立ってきたんだと思いますが。


そしてそのお店は毎年決まったところなんですが、

非常に遠くて道中が長い。

その間、車の中には元彼と奥さんと私と誰かという・・・


運転が元彼なので助手席には奥さん、後部座席に私と誰か


息苦しい

ひじょーに息苦しい

もう好きじゃないけど息苦しい


他の人の車に乗ればいいのかもしれないけど、

以前から彼が運転の車に乗ってたので

もう決まりみたいになってしまってて。


そんな車に乗りたいですか???

私は乗りたくない

乗りたくなった

でもしょうがない(と思った)ので一昨年は乗ったんです


息苦しかった・・・

そして去年、どうしてもどうしても嫌で行きませんでした

そして今年

コロナのこういう状況なので親睦会自体しないはず。

でも、この前その会のことをふっと思い出したときに思ったんです

思ったというか浮かんだんです

別に気まずいって思わなくてもいいんじゃない?

って!


え?!


え???

(これ完全に気づかせてもらったやつ・・・)


そういうときは気まずいって思わないといけない

と思ってたんじゃないかな。

そう思い込んでたから、気まずい、息苦しいって感じたんじゃないかな

って浮かんだんです・・・


ここに至る長い前置きを話したのは、

たくさんいろんなことがあって、そこからのこの状態でも、

言ってしまえば、別に全然平気でいてもいいんじゃない??

ってことが伝わればと思ったからです


いやー、ふつー息苦しいでしょーーー

気まずいでしょーーー

と私も思います

現にそう感じたしね


でももしそれが、

こういうときは気まずいもんなんだっていう

「教え」からきてるものだとしたら?


気まずいって感じることがいけないとか、

そう感じないのがいいとかじゃなく、

ただ単に、「教え」からきてるものだとしたら?


実際、国や文化によっても物の捉え方って違いますよね?


もし自分が日本に生まれてなかったら?

日本で生まれてもアメリカで育ったとしたら?

どこで生まれて、どこで育ったかだけでも

性格ってきっと変わりますよね?

それどころか、同じ国で生まれても、どんな親に育てられるか、

もっと言えば同じ親でもどんな風に育てられるかで

大~きく変わりますよね

持って生まれたものがもちろん根底にはあるけども。

それでも、私たちは生まれてから今までずっと、

親だけでなく、兄弟、友達、先生、

近所の人やテレビからも影響を受けてきたんですよね


つまり、周りの影響を受けて、

こういう場合は息苦しいもんだって決めつけてた「だけ」なんです。私が。


それがわかった時、思わず笑ってしまいました!

面白―い!と思いました


そうなんです

私たちは、行動だけでなく、感じる感情も無意識に選んでるんです


今まで生きてきて、

そういう時は息苦しいもんだってある意味教わったから、

その通りに感じてたんです



そして

教わった=みんなと同じってことなんですよね・・・


特に日本人は協調性を重んじるから、

同じ行動を取ることを良しとしがちだけど、

感じる感情にすら同じことが言えるんです

皆とおんなじ感じ方をしないといけないって。


私と全く同じ状況下なら、

たぶん気分良くはないっていう人が少なくはない気がするけど、

今や素敵な彼が自分にいるなら、

もうそういうの気にしな~い。気にならな~い。

っていう人もいると思う。たぶん。


どっちがどうだっていうことじゃなくて、

考え方、思考だけじゃなく、

感情さえも

本当に感じてるわけじゃないものを感じてる可能性があるってこと。


心のことを勉強したときに、

自分がしんどくなる感情は本当の自分のものではないって

それこそ教わった

本当の自分には愛しかないから。

本当の自分というのは魂の自分だから。


そうは言っても、子供と離れ離れだった時の苦しみ、悲しみ、

大好きなおばあちゃんや父、ものすごく大切な友達が

亡くなった時に感じた悲しみは本物だと私は思う

ちょっとしたことで傷ついたときに感じる感情だって。


今、体を持って地球にいる限りは 

体を持っているこの自分が感じるものはすべて本物。

でも愛しかない魂の自分も本物。

だから、周りに影響されてるものじゃなく、

本質の自分が感じるものを見極めることが大切だと思う


考え方を変えてみるっていいますよね

見方を変える、とか。

それをすることで感じ方が変わる。


それなら、最初から

自分がどう感じるかを選んでいいし、自分で決めていい

もちろん、沸き起こる感情を無理に制する必要はない

ひたすら寄り添う方がいい

その上で、自分が本当は何をどう感じてるのか

そこにフォーカスを当ててみる


そしたら

ずっと昔に置いてきぼりにしてきた、

本質の自分を見つけてあげられるはず。